辺境の街の夜に:襲撃

「失礼ですがお二人はご兄妹かご夫婦でしょうか?」
「……」
主人の言葉にヴィーが固まる。そしてユウはその言葉に、いつものようにこう答えた。
「ううん、一緒に旅をしている友人同士だよ。節約のために一緒の部屋に泊まるくらいには、仲が良いけど」
「……」
「失礼しました。それは良いご友人ですね。ですがご家族でないなら、お二人とも夕食後はなるべく外出されない方が良いでしょう」
ユウがキョトンとして当たり前に問い返す。
「え?どうして?」
「それは……その、物騒ですからね。では、こちらがお部屋のカギになります」
なんだか誤魔化された気がする。とさらに聞こうとしたユウを、硬直から復活したらしいヴィーが口を塞いだ。
「んむ?」
「ありがとう。それじゃ」
「ごゆっくり」
ユウの手を引き、急かすように部屋へと上がったヴィーは、そのまま鍵を掛けると、ようやく口を開いた。
「ねえユウ、今の何だと思う?」
「んー……なんか不自然だったよねえ、お店の人」
「やっぱりユウもそう思うかい?でもなあ、理由がわからない。どうしてわざわざ関係を確認したのか……女性の姿が全然見られないことと関係あるのかな」
「なんだろう?未婚だったり保護者の居ない女の子は、外を出歩いちゃいけないルール…とか?」
「もしくは……それほど危険か…」
彼の言葉にユウが小さく「そんな」と呟く。
「とにかく危険な中に君を出すわけにはいかないよ、この後の夕食は部屋で食べよう。僕が買ってくるから、君はこの部屋に鍵をかけて待ってて?いいね?」
ユウは渋々頷くと、ヴィーを見送った。


そして夕食を終えた頃、ヴィーは用事があると言って部屋には居ない。一人で退屈そうに窓の外を見ていたユウだったが、ふいにドアが叩かれた。すぐさま駆け寄り開く。
「ヴィー?おかえり!街の様子はど————んぅ!」
「おっと、静かにしろよ嬢ちゃん」
「黙ってたらすぐ終わるからよぉ……」
彼女の口を塞いで部屋に入り込んだのは、粗野な印象の男二人。彼らはその下卑た視線を隠すことなく、舐めるように少女を見た。ぞわりとユウの肌が総毛立つ。
「んぅ!んんぅう!」
「静かにしろってんだよ!」
「痛いの嫌だろ?なぁ?」
少女を二人がかりでベッドに押さえ付け、その体を弄る男たちの目的は明らかだ。その手がユウの服の下を這い回り、彼女の肌を汚していく。
「久々の女だ…」
「ああ、もうこの街にこんくらいの女はいねえからなぁ」
口々に喋りながらユウの体を夢中で弄る。
しかし、その背後で、ぎしりと誰かの足音が響く。
「……おい、お前ら」
「「っ!?」」
いつの間にかそこに立っていた青年の姿に、二人の顔色がさっと青くなる。
「僕の大切な子に何をしているんだい」
「うぃー!(ヴィー!)」ユウの嬉しげな声に、ヴィーは優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ、ユウ。すぐに終わらせるからね」
そう静かに語りかける彼の背後で、質量を持った風が逆巻く。それに顔を青ざめる男たち。
「お、おま、おまえ、まさか、魔法使い……ぐあっ」
「ひぃ!た!助けて!!殺される!ぐぇっ」
瞬く間に風に飛ばされ、壁に背を打ちつけそのまま窓の外へと落ちていく男たちを視線で追ってから、ユウはベッドに起き上がった。外の騒ぎを窓を閉めて遮断して、ヴィーはユウを優しく抱きしめた。
「ごめんねユウ。怖かったよね。本当にごめん……もう二度とこんな目に遭わせたりしない。約束する」
「ううん、確認せずにドアを開けた私が悪かったんだよ、ごめんね」
「ユウは何も悪くない。悪いのはあいつらだ」
「でも……なんだか理由がありそうだった。行くんでしょ?外に放り出した人のとこ、騒ぎになっちゃう前に、急いで」
その少女の目には、男たちを傷つけたヴィーを心配する色が見て取れた。
「ありがとうユウ」
ユウの頭を撫でてから、ヴィーは立ち上がる。
「僕はあいつらをちょっと締め上げてくる。だから、その間だけここで待っていてくれないかな」
「うん、待ってる」
そう言って、ユウは部屋を出て行くヴィーを見送った。窓の外で何事か騒ぐ気配があったが、ベッドの上で自分を抱きしめるように座る少女は微動だにしない。
そしてやがて、ヴィーが部屋に戻る頃には外は静まり返っていた。
「お待たせ、ユウ」
「おかえり」
顔を上げたユウの目元は赤く腫れていた。
それを優しく撫でるヴィーの表情は痛ましげだったが、ちらりと見えた少女の胸元に、男の手の跡を見てそれは怒りに変わる。
「……やっぱり殺しておけば良かったな」
ヴィーは小さく呟くとユウの隣に腰掛け、彼女の肩を抱いた。
「あの男たちはね、君を娼婦代わりにしようとしたんだよ」
「っ……あはは……こんな色気のないやつまでそんな風に見えるなんて、よっぽどだねぇ」
娼婦、という言葉にびくりと肩を震わせてから、そうあははと乾いた笑いをあげるユウ。
ヴィーはその様子に眉根を寄せたが、彼女の笑顔が無理をしているものだと気付き、気遣わしげな表情になる。
「……怖いなら、無理をしなくていい。僕が全部なんとかするから」
「ありがとう、でも大丈夫だよ、きっと一晩寝たら元気になるから。でも、」
でも、と言葉を切って、ユウは俯きながら、ヴィーの胸にその頭を寄せる。
「今夜は、隣に居て欲しいかなぁ……」
「もちろん。僕は君のそばにずっといるよ。ユウ」
ヴィーの返事を聞いて、ユウはほっとしたように息をつく。ヴィーの腕の中で安心したように目を閉じるその姿は、まるで母に抱かれる幼子のようであった。

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